雅子さま「祭祀ご欠席」は、美智子さまへの“配慮”か 「まだ平成です」と上皇職ら



文/木下聡

雅子さま、祭祀への欠席が続く

皇室の私事である宮中祭祀。

7月30日には、明治天皇の命日を祀る明治天皇例祭が、8月1日は月の初めに行われる旬祭が行われた。いずれも小祭なので、天皇陛下の代理として掌典職が祭典を行い、天皇陛下が拝礼するという形だ。

他の皇族方は皇霊殿前の幄舎から、祭典を見守られたという。

さて、今回の祭祀については、皇后雅子さまは皇居にお出ましにならず、お住いの赤坂御所で慎み深くご遥拝されたとのことだ。

コロナ禍であるとはいえ「動き」の少ない皇后陛下を訝しがる動きが出始めている。

『女性セブン』2020年8月13日号には「皇后雅子さま「この夏たった一度、今年最後のお出まし」の不退転」というタイトルの記事が掲載され、温和な表現を用いつつも暗に雅子さまの「欠席続き」に疑問を呈した。

即位礼の儀式にはパーフェクトにご出席

’03年末に適応障害のため長期療養に入られた雅子さま。

長らく宮内庁内部からの、「皇太子妃は祭祀が理解できない」「海外にばかり行きたがる」という声に苦しまれてきたという背景があるが、昨年のお代替わりに伴う一連の儀式にはパーフェクトに出席された。

「即位礼正殿の儀」での雅子さまの凛としたお姿は多くの人にとって記憶に新しいだろう。

「確かに雅子さまは、今年に入り祭祀を休まれています。ですが、だからといってないがしろにされているということではありません。とても大切なものとして、祭祀の日には慎み深く祈りを捧げておられます」(宮内庁関係者)

では、雅子さまを祭祀から遠ざけるものは何なのだろうか?

その前に、歴代皇后がどのように祭祀に取り組まれてきたかを見てみたいと思う。

祭祀は皇居の宮中三殿(神殿、賢所、皇霊殿)で行われ、11月23日の新嘗祭を除くほとんどが明治以降につくられたものである。初めて明文化されたのは1908年(明治41)の皇室祭祀令で、戦後の新憲法下では天皇家の私事として行われている。

「しかし、明治天皇、大正天皇は皇室の新しい伝統である祭祀に熱心に取り組まれたとは言い難く、その殆どを代拝で済ませていたといいます。

昭和でも、両陛下が揃って祭祀を行うという事は無く、香淳皇后はその殆どをご遥拝、お慎みされていたそうです。

本来、“皇室の私事”であったはずの祭祀が活発に報じられ始めたのは平成からで、これには美智子さまの“国民のために祈る姿を広く知らせたい”というご意向が強く影響したと言われています」(皇室ジャーナリスト)

雅子さまご欠席は、美智子さまのお顔色を伺ってのこと

両陛下が揃って公務に参加する、祭祀に参加するというのは、平成に生まれた新たな伝統だ。小林忍侍従(1923-2006)の日記には天皇皇后そろっての地方行幸啓について、美智子さまの強いご要望を反映させたものだと綴られている。

しかし、この事実は美智子さまにとって触れられたくないものであったらしい。宮内庁は、美智子さまが“ご活躍”しすぎる事に冷ややかな報道機関に対し強い態度で臨んでいる。

最近,一部の雑誌の皇室に関連する記事の中に,両陛下が揃って御公務をなさることは昭和時代からの伝統ではなく,皇后陛下の御意思で天皇陛下と御一緒に御公務をされているものであるという趣旨の記述が散見されますが,これは,皇后陛下の御行動に対する誤認であると共に,昭和天皇のお側で数多くの公的行事に御出席になった香淳皇后に対し,極めて失礼なことですので,この際,宮内庁として,事実関係を説明することにしました。

まず,現在の両陛下が,お揃いで御公務をなさることは,平成になってからの独自のなさり方ではなく,昭和の時代のものを受け継ぎ,これを基盤にして新しい時代の要請に合わせて発展させてこられたものであり,そのことは,現行の憲法のもとで,昭和天皇と香淳皇后がなさっていたことを調べれば分かる筈のことです。  

『昭和時代における香淳皇后の御活動について』宮内庁HP、平成21年12月4日

言うまでも無く、このような抗議文は、美智子さまのご意思により公表されたものである。

「美智子さまにとって、ご自身のなさりようにあれこれと言われることは我慢ならないことだったのかもしれません。漏れ聞くところによれば、雅子さまの祭祀へのお取り組みに関しては、上皇職の女官らの声が大きく影響しているとか。美智子さまや上皇職のあいだには『まだまだ平成。慈悲深い美智子さまも現役でお美しい』という意識が強く残っています。

このような状況で宮中祭祀に復活したとなれば、『雅子さまが本当は祭祀嫌いなどではなかった』ことが証明され、なぜ今まではできなかったのか? という話になってきます。

美智子さまは、雅子さまのご不調がご自身の影響によるものという見方が広がったことに、退位後も週刊誌を通じて度々“抗議”なさっていますから、突然全ての祭祀をパーフェクトにこなされることで美智子さまや、その側近に当たる上皇職の不興を買うことにも繋がりかねません。

不遇の東宮妃時代をご経験した雅子さまですから、できるだけ皇室内での揉め事などないように、平和であってほしい、そのようにお考えになっていらっしゃるでしょう。聡明な雅子さまの方が、上皇周辺に遠慮しているという面もあるかもしれません。

美智子さまのお身体や精神面のご負担を慮る、雅子さまのお優しさゆえのことではないでしょうか」(皇室ジャーナリスト)

皇后としてご活躍される雅子さまに癒される国民は多い。時折見せられる天皇陛下・雅子さま・愛子さまの家族愛の美しさは涙を誘う。

雅子さまが笑顔でい続けられるように環境を整備することが求められているのではないだろうか?



2 件のコメント

    • 皇后になりません、でなく、なれません。です
      又、そんなに長い間、皇族でもないでしょう。あなたの時代は短いです

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